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森山花音ブロブ

微魔女カウンセラー奮闘記

 

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カウンセラーを目指した訳

2008年5月22日

会社の健康診断の翌日に緊急電話が入りました

「今すぐ大きな病院に行ってください」

私の白血球数値は異常数値になっていました

夕方だった為、翌日病院に行きそのまま緊急入院

治療しなければ余命3週間と宣告

治療の有無を考える余地もありませんでした

 

発病当時、子供達は中学3年と高校3年

荷物を取りに自宅に戻り抱き合って泣きました「きっと帰ってくるから・・・」

一番大切に時期に居てあげられない辛さを抱えたまま翌日より抗白血病薬(抗がん剤)7日間24時間連続投与開始

 

急性骨髄性白血病の治療は、悪い細胞も良い細胞も殺してしまいます

そのため感染症にかからないよう病院から外に出れなくなります

 

唯一SNSサイトだけが、外との架け橋でした。

私は、自分の病気を知るため、必死に同じ病気の患者を探しました。

 

急性骨髄性白血病には数種類の型が存在します
ネットなどではM2、M3型の患者さんが多く、自分と同じM1型の患者はほとんど出会わなかったのです

そんな中ようやくM1型のヒデキさんにSNSサイトで出会いました

22歳、仕事を辞めてパイロットになるべく航空学を学ぶとても頭の良く、子供が出来て結婚したばかりでした。
私と同じくらいに入院したので、治療方法などSNSサイトで連絡しあいながら入院生活を支えあった
同じ白血病のM1型でも年齢によって治療に違いがあること、そして私は遺伝子に異常は無く、ヒデキさんには遺伝子異常があった•••

 

髪も眉毛も睫毛もなくなってしまったが、2008年10月22日 私は5ヶ月の入院生活に終止符をうちました

 

彼より少し早く退院した私は、母子家庭の生計をたてるために、周りの心配を振り切り退院1ヶ月で銀行に復帰しました
退院後、3ヶ月は仕事に復帰出来ない状況の人が多い中で、入院中に高校と大学に推薦で合格した子供達の入学金と学費を支払うために、私は根性でカツラを装着し総合受付で人目にさらされる仕事に復帰したのだ

それはある意味、同じ病気で闘ってる人達の希望になっていた事にSNSサイトのコメントを通じて気が付きました

友達の付き合いで入っていたガン保険の保険金が入り、なんとかギリギリ娘の大学入学金&学費を払った(笑)
私の人生はある意味綱渡りなのです

そんな中、ヒデキさんも赤ちゃんが生まれ無事に化学療法を終え退院しました

生まれた男の子が本当に可愛くて仕方がない様子でした

私の髪の毛もショートカットほどに伸びて、抗がん剤(抗白血病薬)の影響のムクミもなくなり、生きている証に写真を公開するようになっていました

そんな中、ヒデキさんから連絡が来ました••••••

 

ヒデキさんから「どうしても直接話がしたい」と連絡がありました


同じ病気の仲間でも顔を合わせるのは怖かった•••
どちかの命が途切れた時、その衝撃に耐えられなくなるから

でもヒデキさんの強い要望で電話で話をする事にしました

電話口の彼は希望に満ちて,生まれたばかりの息子の話、白血病を知ってもらうために無料ペーパーを発刊した事、楽しそうに語っていました
ただ体調があまり良くなく、元気に仕事を再開している私に元気を貰いたかったと

ヒデキ「政治家になって白血病の人を救ってください」


私「ヒデキさん頭がいいんだから、若いしヒデキさんが政治家になってよ。私が秘書になるから」


そんな会話で電話を切った•••

それから間も無く彼は再発して入院しました
12月の初旬でした

1月の息子の誕生日を必ず生きて迎えると•••


SNSに更新する彼の日記を気にしつつも私は,銀行独特の年末繁忙期にのまれ新年を迎えた

彼の日記が1月3日から更新されていない事に気付いたのは8日を過ぎてからでした•••

それから間もなくして彼の訃報が届きました

息子さんの誕生日を祝うって約束したのに•••

1月3日
彼が最後に残した辛く寂しい日記に気付いてあげられなかった

後悔だけが哀しく残りました


彼はあの電話で私に何を伝えたかったのだろう•••

それから私は、私がしなければならない事をずっとずっと考えています

政治家にはなれない

私でも出来ることは•••

つづく

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コメント: 3
  • #1

    Yasushi (水曜日, 30 1月 2013 13:41)

    私は32歳のとき前立腺がんを患いました。死ぬのが怖くて途方に暮れていたとき、カウンセラーの愛原先生に助けられ、前向きな考え方ができるようになりました。そして先生にこのサイトを教えていただきました。病気は違いますが必死に生きていこうとする前向きな気持ちは同じだと思います。どうかこれからも皆さんのために無理はせずに進んでいって下さいね。応援しています。

  • #2

    花音 (水曜日, 30 1月 2013 15:10)

    <Yasushiさん
    ご訪問いただき本当に感謝しています。
    愛原先生のカウンセリングをお受けになられたのですね。

    毎日、毎日、死の恐怖と闘うのは本当に辛く苦しい事でした。
    『明日は生きてるのだろうか?』私の場合は病院から出れませんでしたから、ある意味諦めにも似た心境だったのかも知れません•••
    不安は退院してからの方が強かったですね。
    自由を手に入れると、それを失いたくなくて不安になる、
    大切な人達と別れる事が、怖くて怖くて仕方なくなります。

    一緒に神様に『生きて継承を鳴らす者』と認定されるまで、前進あるのみですね
    お忙しい中、此処に来てくださって本当にありがとうございます。
    このコメントに、私もエネルギー満タンいただきました。
    出会いを繋いでくださった、愛原先生にも感謝です。
    また気軽に遊びに来てくださいね
    『おー花音さん生きてるな』って
    お待ちしています。

  • #3

    Karey Stribling (木曜日, 02 2月 2017 13:31)


    Greetings, I think your site could be having internet browser compatibility problems. Whenever I take a look at your blog in Safari, it looks fine but when opening in IE, it's got some overlapping issues. I simply wanted to provide you with a quick heads up! Apart from that, excellent blog!